鎌田 慧 連載コラム
「沈思実行」

ひとを救わない冷血司法   第234回

2025/03/26
  石川一雄さんの妻の早智子さんから電話を受けた。前夜、入院先で死亡した、との報せだった。快方にむかっているかとばかり思っていた。頭を殴られたような衝撃だった。誤嚥性肺炎。食べたものを喉から吐き出す力がなかった。無念だったろう。 

  再審にむけた動きが見えはじめていた。2月上旬、佐高信、古今亭菊千代さんなどと、東京高裁に証拠調べ(鑑定人尋問)を早くやるように要請にいったばかりだった。弁護団と検事、裁判官による三者協議では、これまで隠されていた重要証拠も開示された。

  62年前、埼玉県狭山市で発生した、女子高校生殺人事件。殺したあと、脅迫状を使って「誘拐事件」に偽装した知能犯だった。しかし、遺体が発見された畑の近くに、被差別部落があったので、色めきたった警察は、部落の若者たちを片っ端から呼び出して尋問した。石川さんは事件の夜、自宅にいたので、アリバイを証明できなかった。 

  50 日以上拘束されて自供を迫られ、3人共犯説で自供をはじめた。部落で野球を指導していた警察官が、無知で純朴な石川さんを取り込み、まもなく「自供」は単独犯に変わった。二度の徹底捜査でも発見されなかったのに、三度目の家宅捜査で被害者の万年筆が、台所の長なげし押の上で発見された( 詳細は拙著『狭山事件の真実』岩波現代文庫)。 

  しかし、犯罪と加害者を結ぶ、唯一の証拠というべき脅迫状は、当時の石川さんに書けるようものではなかった。貧しさのため小学校もろくに行けなかった石川さんは、自分の名前の一雄さえ「一夫」と書いて済ませていた。文章を武器に金を要求するなど、警察、検事、判事の荒唐無稽な想像力というしかない。 

  当時の新聞は警察発表通り、石川さんを「凶暴性」「残忍性」「異常性格」「不気味」と書きたてた。一審死刑判決。二審無期懲役。一次、二次再審請求も却下。2006年の第三次請求からでさえ、もう19年も経っている。これでも民主主義国家と言えるのか。 

  これから始まる、妻・早智子さんの弔い闘争、再審請求闘争に勝利しよう。