鎌田 慧 連載コラム
「沈思実行」

南西諸島の苦難(下)  第239回

2025/05/07
  「台湾有事」。中国軍が台湾を攻撃、侵略する、という政府の宣伝である。が、かつては、ソ連軍が北海道に侵攻する、というストーリーが作られていた。陸上自衛隊がそれを防御する「図上作戦」を見学したことがある。 

  日本の仮想敵が、ソ連から中国に変わったのだが、その恐怖を掲げて防衛力が強化される。防衛予算が増やされ、米国製兵器の輸入を拡大する。最近、その購入が極端に進められている。 

  空襲の恐怖を煽り立てるために、地域によっては防空訓練を始めたところもある。政府は沖縄・南西諸島での避難計画を発表した。宮古島市(約5万5千人)は福岡など4県へ、石垣市(約4万9千人)は山口県など3県へ、竹富町(約4千人)は長崎県へ、与那国町(1600人)は佐賀県へ。12万人の大移動が計画されている。避難の所要日数は6日間、避難期間は1カ月程度、とか。 

  机上の空論、というべきか。私が見学した図上作戦は、床上に大きく拡げた北海道地図を取り囲んで、椅子に座った参謀たちが将棋の駒を動かすように、指揮棒を振るって部隊を移動させるゲームだった。 

  が、実際の大移動は死体を踏み分けての阿あ鼻び 叫きょうかん喚の逃避行となるはずだ。 

  沖縄からの疎開といえば、学童疎開船「対馬丸」は敗戦の前年、米軍潜水艦に撃沈され、1700人余の乗船者のうち、生存者は259人だった。波照間島に取材に行って、戦時中、西表島へ強制疎開させられ、マラリアで死亡した家族たちの話を聞いた。 

  疎開とは日常生活の破壊である。対馬丸の沈没や西表島のような悲劇でなくとも、先の戦争で、大東京など都会から地方への疎開は、さまざまな不自由をつくりだした。強制的に住宅を取り壊す建物疎開もあった。 

  疎開の再現に直面して、石垣島の山里節子さん(いのちと暮らしを守るオバーたちの会代表)は、「先の戦争の再来のようです」と嘆いた。彼女は戦争で、祖父、兄、妹など家族4人を失っている。戦争が始まれば、また沖縄が真っ先に「犠牲区域」にされる。それは防ぎたい。