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鎌田 慧 連載コラム
「沈思実行」
「原爆は安上がりだ」(中) 第254回
2025/08/27
自民党腐敗の中から産み出された極右・参政党。原爆が安上がりとか、スパイ防止法が必要とか、帝国主義日本の悲惨な歴史を、復活させようとする妄言を撒き散らしたにもかかわらず、参議院で二桁の議席を獲得した。マスコミもようやく批判を強めているが、一段落すれば、参政党はごく当たり前の顔をして、国会に居座ることになる。
戦争がいかに悲惨か。8月はその証言が繰り返して報道される月だ。流さすが石に参政党や保守党も、戦争賛成とは言わないが、やがて自民党右派を補完しながら、戦争にむかう土壌を強化していくのはまちがいない。前回紹介した高瀬毅『「ナガサキ」を生きる 原爆と向き合う人生』は、高村光太郎の詩「冬の言葉」の最後の1行「一生を棒にふって人生に関与せよと」に打たれ、それを実践したライター・伊藤明彦に励まされながら、ナガサキにプルトニウム型原爆が落とされた前後を、アメリカまで取材に行って追求した。
高瀬さんが傾倒する伊藤の『未来からの遺言 ある被爆者体験の伝記』は、今年1月「編集室水平線」から復刊された。わたしはそれを「読み進めながら、恥ずかしさに息苦しくなった」と書いた。「ルポルタージュの仕事をしていながら、16年前に72歳で他界したこの著者のことを知らなかった」(「東京新聞」1月28日)。
長崎出身の伊藤明彦と同郷の高瀬さんは、被爆二世としての自分と文字通り被爆者の記録作りとその保存に人生を賭けた、伊藤のような仕事をしようと決意する。伊藤が高瀬さんに示した短歌は、痛烈だ。
「矢のごとく 地獄におつる躓つまずきの 石とも知らず 拾い見しかな」
歌人山川登美子の和歌である。恋の歌だが「偶然知り合った、何気なく興味を持った人物に、自己の卑小さと生きることの本質を突きつけられる。地獄に堕ちる躓きの石ともしらず」。伊藤との出会いは偶然だったが、それが必然のように、高瀬さんは『「ナガサキ」を生きる』を書いた。伊藤明彦の取材対象者との出会いは、それほどまでに痛烈だった。
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戦争がいかに悲惨か。8月はその証言が繰り返して報道される月だ。流さすが石に参政党や保守党も、戦争賛成とは言わないが、やがて自民党右派を補完しながら、戦争にむかう土壌を強化していくのはまちがいない。前回紹介した高瀬毅『「ナガサキ」を生きる 原爆と向き合う人生』は、高村光太郎の詩「冬の言葉」の最後の1行「一生を棒にふって人生に関与せよと」に打たれ、それを実践したライター・伊藤明彦に励まされながら、ナガサキにプルトニウム型原爆が落とされた前後を、アメリカまで取材に行って追求した。
高瀬さんが傾倒する伊藤の『未来からの遺言 ある被爆者体験の伝記』は、今年1月「編集室水平線」から復刊された。わたしはそれを「読み進めながら、恥ずかしさに息苦しくなった」と書いた。「ルポルタージュの仕事をしていながら、16年前に72歳で他界したこの著者のことを知らなかった」(「東京新聞」1月28日)。
長崎出身の伊藤明彦と同郷の高瀬さんは、被爆二世としての自分と文字通り被爆者の記録作りとその保存に人生を賭けた、伊藤のような仕事をしようと決意する。伊藤が高瀬さんに示した短歌は、痛烈だ。
「矢のごとく 地獄におつる躓つまずきの 石とも知らず 拾い見しかな」
歌人山川登美子の和歌である。恋の歌だが「偶然知り合った、何気なく興味を持った人物に、自己の卑小さと生きることの本質を突きつけられる。地獄に堕ちる躓きの石ともしらず」。伊藤との出会いは偶然だったが、それが必然のように、高瀬さんは『「ナガサキ」を生きる』を書いた。伊藤明彦の取材対象者との出会いは、それほどまでに痛烈だった。