道しるべ

政府は遺骨収容に関われ

2025/10/08
長生炭鉱「水非常」の犠牲者

  海底炭鉱の落盤事故で183人が犠牲になり、うち136人は朝鮮半島出身者という。炭坑跡から民間団体の努力で頭蓋骨を含む遺骨が収容された。黙殺を決め込む日本政府の対応は、許されない。

  大惨事が起きたのは日米開戦から2カ月後の1942年2月3日。坑口は翌日埋められ、労働者は救出されることなく遺棄されたのだ。 

  炭鉱は山口県宇部市の床波海岸にあり、朝鮮人労働者の比率が高いことから「朝鮮炭鉱」とも言われた。戦時増産体制で保安・安全は軽視され、事故前にも何度か出水事故が確認された炭鉱だった。 

市民団体の結成で 

  歴史の彼方に忘却されようとしていた大惨事と向き合う市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」が1991年に結成された。「水非常」は炭鉱用語で水没事故のことで、刻む会は、調査や追悼行事を行い、2013年には現場近くに追悼碑を建立した。 

  それから10年以上たった24年9月、刻む会は埋められた坑口を掘り出すなど遺骨収容に着手、資金はクラウドファンディングなどで集めた。刻む会が繰り返し求めても、政府が重い腰を上げない中での具体化だった。

  「刻む会」共同代表の井上洋子さんは「遺骨を探し出し、それぞれの故郷に帰って頂くまでが私たちの責任なのだと、改めて自覚した」と言う。

05年の「日韓合意」 

  そして今年の8月25日、6回目の潜水調査で大腿骨など3本の人骨を収容、翌日は頭蓋骨も見つかった。日朝の犠牲者の遺族の強い気持ちと刻む会の熱意による大きな成果だ。 

  課題は政府が遺骨収容にどう対応するかに移った。05年には、朝鮮半島からの民間徴用者の遺骨返還が日韓で合意されているが、寺院などに保管されている遺骨が対象だ。 

  しかし、事故の犠牲者の遺骨が事故現場で収容されたからには政府が放置することは許されない。市民団体や韓国政府は一部犠牲者のDNAデータを保有しており、日本政府は遺骨のDNA鑑定で身元を特定すべきだ。 

石炭増産の国策で 

  「戦没者遺骨収集推進法」(16年成立)は遺骨収集を国の責務とするが、厚労省は対象を「戦闘行為で亡くなった人」などとし、長生炭鉱の犠牲者は対象には当らないとする。 

  長生炭鉱の犠牲者は、戦時下の国策で戦略物資の石炭を採掘していて事故に遭った戦没者。政府が遺骨収容に関わり、返還を待つ遺族に届けることが人道であり、責任である。